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夜つぐみの鳴くところで

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もしお気に入りの一枚がありましたらご自由にご利用下さい (^^)゚~   ( 1920x1080 )

カテゴリ:音楽( 122 )

若き天才ピアニスト、クリスティアン・ツィマーマン 31歳
晩年をむかえた巨匠レナード・バーンスタイン 71歳
ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番、4番、5番のライブ録音である。
バーンスタインが亡くなる1年前、1989年の演奏である。

ポーランド生まれのクリスティアン・ツィマーマンは、納得のゆくまで自己のレパートリーを磨き上げ、
その解釈を徹底的に掘り下げることで知られる孤高のピアニストである。
レナード・バーンスタイン は、ユダヤ系アメリカ人の作曲家、指揮者であり、ピアニストとしても知られている。
アメリカが生んだ最初の国際的レベルの指揮者になり、ヘルベルト・フォン・カラヤンやゲオルク・ショルティと
並んで、20世紀後半のクラシック音楽界をリードしてきたスター音楽家である。

 クリスティアン・ツィマーマン(ピアノ)
 レナード・バーンスタイン(指揮)
 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 録音時期:1989年9月
 録音場所:ウィーン、ムジークフェラインザール
 録音方式:ステレオ(デジタル/ライヴ)

● ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番ハ短調 Op.37


● ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番ト長調 Op.58


● ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番変ホ長調 Op.73『皇帝』


バーンスタインは伴奏指揮を超えて本気で自身のベートーヴェン像を作り出して行きます。
巨匠然とした大振りな構築でスタート、若きツィマーマンを一気に引きずり込むかと思いきや、
それに臆することなくうなり声やら鼻歌で自分の世界を作り出して行くツィマーマンなのです。
スリリングで火花散るガチ対決の様相を呈しているのですが、そこにウィーンフィルならでは
の魔法にかかったかのごとき音色がすべてを覆いつくす超絶な演奏になっています。

翌年、全集が未完のままバーンスタインは亡くなってしまいます。
さあどうする! 中止か? 新しい指揮者を探すのか?
何とツィマーマンみずからウィーン・フィルを指揮して弾き振りで全集を完成させたのでした。
編成を小さくした事でとても瑞々しい若きベートーヴェン像を見せてくれました。

 クリスティアン・ツィマーマン(ピアノ、指揮)
 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 録音時期:1991年12月
 録音場所:ウィーン、ムジークフェラインザール
 録音方式:ステレオ(デジタル/セッション)

● ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番ハ長調 Op.15


● ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 Op.19

by Bluenotejoy | 2018-09-25 17:00 | 音楽 | Comments(0)
ポール・モーリア婦人のイレーヌ・モーリアがイニシアチブを取ったアルバム。
オケはデンバー・ミュージック・オーケストラとなっています。
今はなき最愛の人に捧げた愛の詩 天国のポールには届いたでしょうか。
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親日家として知られていたモーリア夫妻は、
年齢を重ねてもお互いを尊敬し合い愛情に満ち溢れたご夫婦でした。
海外に公演旅行をする際には必ず夫人を同伴していましたし、
契約条件には夫人を同伴する旨が明記されていたと言います。

イレーヌ・モーリア作曲 / ポール編曲 Hot on the Scent(愛のカフェテラス)

by Bluenotejoy | 2018-09-22 17:00 | 音楽 | Comments(0)
マーセル・ビアンキ(1911年8月28日 - 1998年)
フランス マルセイユ生まれのギタリストでスチール・ギターも得意にしていました。

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ポール・モーリアとは古くからの友人でビアンキのソロをフィーチャーした作品もあります。
スチール・ギターと言うとハワイアンのイメージが強いのですが、こうしてポール・モーリアの
アレンジによる名曲の数々を聴いていくとまた違った印象です。
ポール・モーリア・グランド・オーケストラとしてはレコーディングしていない曲もあり、
またいつものモーリアとは違ったアプローチが見られる貴重なアルバムとなっています。



こちらポール・モーリア・グランド・オーケストラとしてビアンキをフィーチャーした代表作です。

「エマニエル夫人」


カーニヴァルの朝(黒いオルフェ)

by Bluenotejoy | 2018-09-20 17:00 | 音楽 | Comments(0)
ザ・サベージは1965年秋、当時大学生だった4人で結成されたグループサウンズである。
英国のインストバンド 「シャドウズ」 のヒット曲 「サベージ」 から名付けられた。
他のグループとは違う IVYルック に身を固めたカレッジ・フォーク調のイメージが新鮮であり、
1965年10月にはテレビ番組の『勝ち抜きエレキ合戦』に出場し4週連続のチャンピオンとなる。

その後も様々なアマチュアエレキ合戦等のチャンピオンとなり脚光を浴びると、
1966年7月に 「いつまでもいつまでも」 でレコード・デビューを果たした。
10月には 「この手のひらに愛を」 をリリースし大ヒットに繋げ、
名実共にグループサウンズのトップグループにまで昇り詰めていったが、
学業優先を理由に寺尾聰など二人が脱退、人気は続かず1969年には自然消滅した。

ザ・サベージ/いつまでも いつまでも (1966年)


ザ・サベージ/この手のひらに愛を (1966年)



こちらがバンド名の由来となったザ・ジャドゥズの原曲です。
The Shadows - The savage



宇野重吉の息子である寺尾聰(1947年5月18日)、当時は親の七光りなどとも言われたが、
その後の活躍はご存知の通りである。
1966年に石原裕次郎製作主演の 映画 『黒部の太陽』 で俳優デビュー。
これを機に裕次郎門下となり、石原軍団の若手有望株として主にテレビドラマに出演
青春ものなどで二枚目半的な役柄を演じることが多かった。

音楽で再ブレークを果たしたのは34歳になった頃、サベージのデビューから16年後であった。
1981年にヨコハマタイヤのCM曲だった 「SHADOW CITY」に続き 「ルビーの指環」が大ヒット。
「ルビーの指環」は第23回日本レコード大賞とFNS歌謡祭'81グランプリを受賞した。
さらに、TBSテレビ 『ザ・ベストテン』では 「ルビーの指環」 「シャドー・シティ」 「出航 SASURAI」が
3曲同時にベストテンにランクインされるなど、本格的な音楽活動を再開するきっかけとなった。

寺尾聰/シャドー・シティ (1981年)


寺尾聰/ルビーの指環 (1981年)


寺尾聰/出航 SASURAI (1981年)


寺尾聰/FM LIVE 08/09/1981
昔エアチェックした旧いカセットテープの音源だそうです。
1981年8月9日のオンエア、寺尾聰は当時34歳。


 (1)  I Call Your Name
 (2)  HABANA EXPRESS
 (3)  予期せぬ出来事
 (4)  北ウィング
 (5)  SHADOW CITY
 (6)  ダイアルM
 (7)  喜望峰
 (8)  二季物語
 (9)  ルビーの指環
(10)  渚のカンパリソーダ
(11)  出航‐SASURAI‐
(12)  Only You

こんな懐かしい映像もありました。
寺尾聰と47 Street Band - ニールセダカ メドレー


石原プロ脱退後の1980年代後半からは黒澤明作品の 『乱』、『夢』、『まあだだよ』 に続けて出演。
2001年には黒澤の遺稿を映画化した 『雨あがる』 で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞。
日本アカデミー賞と日本レコード大賞の両方を獲得しているのは寺尾のみと言う。
2005年にも 『半落ち』 で2度目の日本アカデミー賞受賞を果たした。
最近では2017年のドラマ 『陸王』 で癖のある偏屈な役を演じて渋さを醸し出していた。

2005年には18年振りに歌手活動を再開し、アルバム 『Re-Cool Reflections』 をリリースした。
2007年12月31日の 『第58回NHK紅白歌合戦』 に出場、1981年から実に26年ぶりであった。
現在もステージに立ちベースをプレイしながらメロウな歌声を聴かせていると言う。

寺尾聰/Re - Cool Reflections
by Bluenotejoy | 2018-09-15 17:00 | 音楽 | Comments(2)
アレサ・フランクリン(1942年3月25日 - 2018年8月16日 行年76歳)
アメリカ合衆国出身の女性ソウル歌手である。
膵臓がんの治療中であったが現地時間8/16(木)にデトロイトの自宅にて死去。
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テネシー州メンフィス生まれのデトロイト育ち。
父が牧師を務める教会で子どもの頃からゴスペルを歌っていた。
1961年にコロムビア・レコードからデビュー。
ポピュラー・シンガーとして売り出したがあまり人気にはならなかった。
そこで 1966年にアトランティック・レコードに移籍。
同社は彼女の圧倒的な歌唱力とゴスペル・フィーリングを前面に押し出す方針を採った。
翌年にはオーティス・レディングの名曲「リスペクト」のカバーで67年の全米1位を記録、
「ソウルの女王」としての地位を不動のものにしたのである。
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米音楽界最高の栄誉とされるグラミー賞を何度も受賞。
2008年の米音楽誌ローリングストーンが選ぶ「歴史上最も偉大なシンガー100人」では1位を獲得した。
女性ミュージシャンとしては初めて「ロックの殿堂」入りも果たした。
カーター、クリントン、オバマと3度の大統領就任式でパフォーマンスを行っている。
2017年の新作アルバム「A Brand New Me」リリースと同時に引退を発表、闘病生活に入っていた。


by Bluenotejoy | 2018-08-18 17:00 | 音楽 | Comments(0)
イヴェット・オルネ( 1922年9月22日 - 2018年6月11日 行年96歳 )
フランス生まれのアコーディオン奏者である。
フランスでは知らない人のいない 「ミュゼットの女王」 と呼ばれている。
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1922年、スペインとの国境近くの町タルブで生まれた。
初めはピアノを学んでいたが、女流アコーディオン奏者が少ないことから
母親にすすめられて転向したという。
彼女が有名になったのは1952年、自転車レースのツール・ド・フランスがきっかけである。
専属アコーディオニストとして表彰式などでの演奏がラジオでフランス全土に流れた。

その後ミュージック・ホールやカジノなどへも出演し始め、パリに移ってからも
カフェなどで演奏しながら勉強を続け、1948年に国際コンクールで優勝をはたす。
生涯に2,000回以上の公演を重ね、150枚のディスクは3,000万枚以上の売上に登ったと言う。

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by Bluenotejoy | 2018-08-17 17:00 | 音楽 | Comments(0)
原曲はロシアの作曲家、Ilya Alekseevich Shatrov が1906年に書いた円舞曲 (ワルツ)です。
シャトロフは日露戦争に軍楽隊員として従軍しており、戦死した友を偲んで作った曲とされ、
ロシアでは現在も吹奏楽団や民族楽器オーケストラの重要な演目となっている。
日本では 笹谷栄一郎 が日本語詞を書き 「満州の丘に立ちて」 などのタイトルでロシア民謡として、
当時の うたごえ喫茶 などで親しまれていたと言います。

ヒットの兆しは、1963年にフィンランドのバンド 「The Sounds」 がロックアレンジで発売した事です。
タイトルは 「Mandschurian Beat」、本国フィンランドではB面収録でしたが、
日本では邦題を 「さすらいのギター」 としてシングルA面でリリースしました。

ザ・サウンズ - Mandschurian Beat


早速歌入でも発売されましたが大きな話題にはならなかぅた様です。
梶原マチ子 - さすらいのギター 1963


時は流れて1971年、べンチャーズが取り上げると折からのバンドブームに乗って大ヒット!
当時の世相と相まってその哀愁を帯びたメロディが人々の心に響いた様でした。
オリコン総合では通算20週トップ20入りとなりました。

ベンチャーズ - さすらいのギター 1971


すかさず当時の人気アイドル 小山ルミ に 千家 和也 の日本語歌詞でカバーさせています。
こちらもオリコンで9週連続トップ20入りして最高11位を記録しています。

小山 ルミ - さすらいのギター 1971



それでは他のアーティストのカバーもどうぞ。

寺内タケシ - さすらいのギター 1971


欧陽菲菲 - さすらいのギター 1971


フラワー・メグ - さすらいのギター 1971


ザ・ピーナッツ - さすらいのギター 1972


守屋浩が監修した青春歌謡のカヴァーアルバム「Dance Dance Dance」から
日下優 - さすらいのギター 2008

by Bluenotejoy | 2018-08-15 17:00 | 音楽 | Comments(0)
あなたもポール・モーリアのアルバム・プロデュースに参加してみませんか?
1979年の来日時に行われたファン企画です。
集まったリクエストから全10曲が選ばれて録音されました。
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へえーこんな曲が・・・アレンジも時代を写しますね。
ジャケット・デザインは森英恵です。

 松山千春 (季節の中で)
 円広志 (夢想花)
 井上陽水 (心もよう)
 アリス (夢去りし街角)
 バンバン (いちご白書をもう一度 )
 ゴダイゴ (ビューティフルネーム)
 ゴダイゴ (モンキーマジック)
 渡辺貞夫 (カリフォルニアシャワー)
 五輪真弓 (夜汽車)
 人間の証明のテーマ



by Bluenotejoy | 2018-08-13 02:00 | 音楽
今夜はオーディオが冴え冴えと鳴っています。
こんな音がいつでも出たらもう何もいらない!(爆)
でもこれって・・・心当たりがあるのであーる。
台風の影響が残って只今の気圧は 998hPa。
このくらいの低気圧が自分の耳にはあっているのかも?

 ♪♪♪
 泣いてる君の顔が季節を変えてゆき
 冷たい潮風が熱い胸をぬけて
 思い出は涙にゆれる

1977年6月にリリースした3枚目のシングルです。



by Bluenotejoy | 2018-08-10 01:00 | 音楽 | Comments(0)
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彼の音楽はアレンジの素晴らしさに加えて録音の良さもその大きな特徴です。
ミキシングってこんな感じでやってたんですね。
音へのこだわりから決してミキサーまかせにはしないポールです。




出来上がりがこちら。
Paul Mauriat - I won't Last a Day without You (愛は夢の中に)



1968年の「恋はみずいろ」の大ヒット以降もヒット・ポップスや映画音楽を中心にレコーディングを
続けていましたが、その後ブラジル音楽に傾倒した時期がありました。
これが実に素晴らしくアイデアあふれるアレンジに加えて録音の良さも文句なし!
それぞれブラジルをテーマにした4枚のアルバムです。

Paul Mauriat - Brasil Exclusivamente (Brazil 1977)


Paul Mauriat - Brasilia Carnaval (Japan 1977)


Paul Mauriat - Brasil Exclusivamente Vol.2 (Brazil 1978)


Paul Mauriat - Brasil Exclusivamente Vol.3 (Brazil 1980)


by Bluenotejoy | 2018-08-06 17:00 | 音楽 | Comments(0)