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夜つぐみの鳴くところで

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もしお気に入りの一枚がありましたらご自由にご利用下さい (^^)゚~   ( 1920x1080 )

カテゴリ:音楽( 108 )

ジャックスは、1960年代後半に一年間ほど活動した日本のロックバンドです。
今から半世紀前の時代は 「グループ・サウンズ」 と 「フォークソング」 の全盛期であり、
彼らの音楽は一部のコアなファンを除き若者たちに受け入れられる事はなかったのである。

そんな彼らはたった2枚のアルバムを残して解散してしまった いわば幻のバンドである。
ところが1970年台になると彼らの音楽は再評価され、様々なミュージシャンに影響を与えて行く。
今では日本のロック音楽の先駆者として高い評価を受けるに至ったのである。
今聴いても新鮮に感じられるまさに時代を超越した新しさが彼らの音楽にはあったのだ。

ジャックスの特徴は、若者の心の内側に潜む悩みや葛藤を、時には前衛的な言葉で表現する歌詞と
ボーカルである早川義夫の情念的な歌唱、ドラムス木田高介のジャズを指向した音作りにある。
水橋春夫のギターも素晴らしく、二十歳そこそこの若者たちが作った音楽とは思えない完成度である。
加えて録音の良さも特筆モノで、当時の録音エンジニアさん とてもイイ仕事してますよ。
山崎ハコ や 浅川マキ が好きならきっとハマリます (爆)
また、悩める時代の今の若者にこそぜひ聴いて欲しい! そんな音楽なのである。




こちらが解散後に発売されたセカンドアルバムである。
レコーディング中に解散してしまったため、アルバム一枚を埋める量の音源が無く、
ファーストの没テイクやそれ以前の音源などを流用して、何とかアルバムの体裁を繕ったという。
メンバー以外が参加した音源もあって 「ジャックス・スーパー・セッション」 と記載している。



ちなみにギターの水橋春夫はジャックス解散後、キングレコード、後にポリスターのA&Rとなり
横浜銀蝿、山瀬まみ、Winkらを担当した。
Winkのアルバムにはジャックス時代に彼が作詞作曲した 「時計をとめて」 を収録している。



by Bluenotejoy | 2017-11-30 17:00 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
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本作は ムタンチスでヴォーカルを務めた ヒタ・リーのファースト・ソロ・アルバム。
ジョルジュ・ムスタキの 「ジョゼ」や ビートルズの 「アンド・アイ・ラヴ・ハー」などの
カヴァーを収録した秀逸の一枚。

Rita Lee - Build Up (1970)



by Bluenotejoy | 2017-11-09 17:00 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
ヒタ・リーは60年代のトロピカリア・ムーヴメントで、
ムタンチスのメンバーとしてデビューしたブラジルの女性シンガーです。
ソロになってからもビートルズのカヴァーでヒットを飛ばすなど、
ロックにこだわった活動を続けています。

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Rita Lee - Bossa'n Beatles
不思議的雰囲気の漂う癒し系アレンジのビートルズです。



  1 A Hard Day's Night
  2 With A Little Help From My Friends
  3 If I Fell
  4 All My Loving
  5 She Loves You
  6 Michelle
  7 In My Life
  8 Here, There And Everywhere
  9 I Want To Hold Your Hand
 10 Lucy In The Sky With Diamonds
 11 Pra Voc? Eu Digo Sim (If I Fell)
 12 Minha Vida (In My Life)

by Bluenotejoy | 2017-11-08 17:00 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
こんな寂しい雨の夜はこれです。
天才女性ジャズ・シンガー ビリー・ホリディ の最後の伴奏者となったのが マル・ウォルドロン です。
本作は 亡き歌姫ビリー・ホリディ を忍んだ追悼アルバムと言われています。
主役を失った深い悲しみが演奏を通してひしひしと伝わってくるのです。

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最初の レフト・アローン では ジャッキー・マクリーン が 「泣きのアルト」 を聴かせます。
ここでのアルト・サックスはボーカルも顔負けの表現力で聴き手の心を掴みます。
生前彼女が歌っていた代わりをマクリーンが務めているのですね。
まるでボーカルの伴奏をしているかの様な口数の少ないマルのピアノも
悲しみを湛えた鎮魂歌として心に染みいってきます。
この1曲こそ歴史的な名曲名演であることに疑う余地はありません。

マクリーンが参加しているのはこの1曲だけで以降はピアノ・トリオの作品ですが、
続く2曲目もベースのジュリアン・ユエルとの掛け合いに悲しみが滲みます。
アルバムの最後にはビリーの思い出を語るマルのインタビューが収録されています。



by Bluenotejoy | 2017-10-19 17:00 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
みんな落ち葉が大好きなんですね。
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木の葉の子守唄/Lullaby of the Leaves  作曲:バーニス・ペトキア/Bernice Petkere
1932年彼女が31歳の時に発表した曲である。
フレディ・パーレーシズ楽団がラジオ放送で演奏したのが最初であったが、
その後は数々のアーティストに取り上げられ有名になって行く。
今や 「枯れ葉/Autum Leaves」 と並ぶ秋を代表する曲となった。
1962年にはベンチャーズがリバイバル・ヒットさせている。

  何万という星が見下ろす南部の空の下で
  僕をゆりかごに眠らせて歌っておくれ
  木の葉の子守歌を

  天の青さで僕を覆い
  ひとつ、ふたつ夢を見させておくれ
  木の葉の子守歌よ

  風に吹かれながら僕は息をしている
  そして木々を通り抜ける風の歌を聴いている
  松の奏でるメロディーが岸辺を撫ぜる
  いつも聴いていたおなじみの歌さ
  そう これが南部なんだ

  心のどこかで感じていないだろうか
  僕はどうやら終着地に着いたんだと・・
  木の葉の子守歌を歌って
  僕を眠らせておくれ



まずは小気味良いジプシー・スウィングを聴かせてくれる コニー・エヴィンソン から。
Connie Evingson - Lullaby of the Leaves



金髪をなびかせベースを弾きながら歌う ニッキ・パロット です。
Nicki Parrott - Lullaby of the Leaves



エディ・ヒギンズ と スコット・ハミルトン のコラボ・アルバムから。
Eddie Higgins, Scott Hamilton - Lullaby of the Leaves



アルトの巨匠 フィル・ウッズ がやるとこんな感じ。
大西順子のピアノが渋いです。
Phil Woods Quartet - Lullaby Of The Leaves



グラント・グリーンのグラント節も味がありますね。
Grant Green - Lullaby Of The Leaves



斬新なアレンジでリバイバル・ヒットさせたベンチャーズ。
The Ventures - Lullaby Of The Leaves



by Bluenotejoy | 2017-10-17 17:00 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
秋になるとどこか懐かしい こんな曲が聴きたくなります。
そう 「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」 です。
モーツァルトは 「セレナード」 を13曲作ったとされています。
恋人や女性を称えるために演奏される楽曲ですね。
その最後の通し番号が与えられた 「セレナード第13番ト長調 K.525」
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アイネは不定冠詞、クライネは小さな、ナハトムジークは Nacht(夜)+ Musik(音楽)の合成名詞です。
1787年8月10日にウィーンで作曲完成と云いますから、亡くなる4年前31歳の作品ですね。
モーツァルト自身の目録ではアイネ・クライネ・ナハトムジークは全5楽章でした。

 第1楽章 アレグロ
 第2楽章 メヌエット&トリオ (消失)
 第3楽章 ロマンス、アンダンテ
 第4楽章 メヌエット、アレグレット、トリオ
 第5楽章 ロンド、アレグロ

楽譜初版は作曲後40年経った1827年で、すでに第2楽章部分は丸ごと欠落しており
その後も発見されていません。

良く耳にする演奏は比較的大きな編成が多いのですが、本来の構成は
ヴァイオリン2部、ヴィオラ、チェロ、コントラバスのパートです。

こちらが一般的な中規模編成のオーケストラ演奏です。
ネヴィル・マリナー指揮アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ




こちらが本来の編成である弦楽五重奏です。



モーツァルトに関して うんちくを傾ける ようになるとあまり聴かなくなる曲ですが、
こうして改めて聴いてみるとまさに疑う余地のない名曲中の名曲であります。

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by Bluenotejoy | 2017-10-08 17:00 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
昨日 10月3日 はブルース・ギタリスト 「スティーヴィー・レイ・ヴォーン」 の誕生日でした。
 Stevie Ray Vaughan 1954年10月3日 - 1990年8月27日没 行年35歳
彼が生まれたテキサス州では 10月3日 を 「Stevie Ray Vaughan Day」 に制定しています。
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SRVは1980年代シーンに突如として現れた感性ほとばしるエレクトリック・ブルースの天才であり
ジミー・ヘンドリックスの再来と絶賛された米国テキサス州出身の白人ブルース・ギタリストである。
78年に結成したブルースバンド 「ダブル・トラブル」 の活動が話題を呼び注目を集めるが、
デヴィッド・ボウイの 『レッツ・ダンス』 の制作に参加して一躍名を上げその人気は決定的となる。
83年ソロ・デビュー後はブルース魂溢れる名作を重ねますます評判を高めたが、
90年ツアー中のヘリコプター墜落事故で不慮の死を遂げてしまう。

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Scuttle Buttin' / Say What! (Live at Capitol Theatre 1985/9/21)



SRVと書いたボロボロのストラトキャスターを弾きまくるカウボーイ姿のその男は、
ブルースの枠を飛び越えたアグレッシヴで生身のパワーを感じさせる凄腕なのです。

Love Struck Baby / Pride and Joy / Testify (Live at Capitol Theatre 1985/9/21)



彼ほど飾り気なくブルース魂をプレイできるギタリストを他に知りません。
その演奏スタイルはまさにエレクトリック・ブルースの頂点を極めたと云えるでしょう。

Mary Had A Little Lamb (Live at Capitol Theatre 1985/9/21)



重度のドラッグ中毒からカムバックしたキャリアの絶頂期にツアー中のヘリが墜落!
35歳の若さで亡くなってしまうのである。

Change It (Live at Capitol Theatre 1985/9/21)



35歳という若さで帰らぬ人となったスティーヴィー・レイ・ヴォーンは神格化され
今でもそのプレイ・スタイルを信奉してやまないフォロワーたちが続々と現れています。
まさに 「伝説のギタリスト」 と称される所以でしょう。

Stevie Ray Vaughan - The Real Deal Greatest hits (cd.1)


Stevie Ray Vaughan - The Real deal Greatest Hits (cd.2)

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by Bluenotejoy | 2017-10-04 17:00 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
グスターボ・ドゥダメルは、1981年生まれ、今年36歳になる大注目の若手指揮者です。
その出身は世界最大の石油埋蔵国である社会主義独裁国家の南米 ベネズエラ です。

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バンベルク交響楽団が2004年にスタートした 「グスタフ・マーラー国際指揮コンクール」
マーラーの孫であるマリーナ・マーラーを名誉審査員に迎えて3年毎に開かれていますが、
その栄えある第1回の優勝者が当時23歳の若さであった ドゥダメルその人でした。
彼はこの優勝で一躍脚光を浴びる存在となり、目覚ましい活躍のスタートを切ったのでした。

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そんな彼と同時に話題となったのが、若き才能を生み出したベネズエラ国をあげた音楽教育システムです。
ベネズエラ・ボリバル共和国は、南アメリカ北部に位置するスペイン語圏の連邦共和制社会主義国家です。
コロンビアと共に北アンデスの国ですが、自らをカリブ海世界の一員であると捉えている様です。

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しかし、2013年にチャベス大統領が死去して以降、独裁政権下での国家運営はもはや破綻寸前で、
政治活動や言論の自由さえもない暮らしに人々は疲弊しきっており 「電気も水もないが銃弾はある」
と言われる程治安が悪いとされてます。
もはや国家の体をなさない程だと言われているのですが・・・

詳しくは異形の国家が生き延びる理由 破綻国家ベネズエラの耐えがたい日常 をご覧ください。
いまや米国トランプ政権が本気で軍事介入しようとしているのは、
北朝鮮ではなくベネズエラだ! とも言われている程深刻な事態なのです。

そんなベネズエラで何故この様な音楽才能が開花したのでしょうか?!
彼らの活躍は別の意味でも世界が注目する大いなる不思議でもあるのです。

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国家組織が運営する エル・システマ (El Sistema ) と呼ばれる音楽教育プログラムでは
すべて公的融資により賄われ、31万から37万の子どもたちを国中の音楽学校に通わせており、
学生の大半は貧困層の出であると言われています。

そんな環境で生まれ育った ドゥダメルは、トロンボーン奏者の父と声楽家の母の元で幼い頃から
音楽に親しみ、5歳の頃からこの エル・システマ で音楽教育を受け始めたと言う。
10歳でヴァイオリンを選択し、12歳のときにはコンサートマスターを務めていた地元の
ユース弦楽合奏団で指揮にも取り組むようになり、1996年には15歳で同楽団の音楽監督となった。

その後の勢いは留まる所を知らず、遂にこの新年には指揮者界の頂点に上り詰めたのでした。
全世界が注目した 2017年のウィーン・フィル 「ニューイヤー・コンサート」です。
ファンには最高のお年玉となったのは記憶に新しいところです。

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そんなドゥダメルの新しい演奏が Youtube で見られるんです。
この3月に行われたベートーヴェン・チクルスの全曲です。
オケは彼の手兵であるベネズエラのシモン・ボリバル交響楽団
もちろん全員がエル・システマで育てられたまさにベネズエラ国立交響楽団です。
そんなドゥダメル、改めて驚くのはどうやら指揮する曲はすべて暗譜している模様で
これまで彼が譜面台を前にしているのを見た事がありません。

 (指揮)グスターボ・ドゥダメル
 (管弦楽)シモン・ボリバル交響楽団
 (コンサート・マスター)アレハンドロ・カレーニョ
2017.3.12~15 スペイン・バルセロナにあるカタルーニャ音楽堂でのライブ映像です。

まさにベネズエラの奇跡!
どうぞまずはお好きな曲からお聴き下さい。

①チクルスⅠ 「エグモント」序曲、交響曲第一番ハ長調、序曲「コリオラン」、交響曲第二番ニ長調



②チクルスⅡ 交響曲第三番変ホ長調「英雄」、交響曲第四番変ロ長調


③チクルスⅢ 交響曲第五番ハ短調「運命」、交響曲第六番ヘ長調「田園」


④チクルスⅣ 交響曲第七番イ長調、交響曲第八番ヘ長調


⑤チクルスⅤ 交響曲第九番ニ短調「合唱付き」



さてさて どうでしょう。
ドイツ、オーストリアとは縁もゆかりもないラテンの若者たちが紡ぎ出すベートーヴェン。
まあ自分も異邦人なので感想は書きません(爆)
でもエル・システマが養成した個々人の技量とアンサンブルの見事さは我がN響も真っ青ですね。
今やこのエル・システマの思想は、日本を始めとする世界20カ国以上に広がりつつあるそうですよ。

by Bluenotejoy | 2017-09-12 17:00 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
スティーリー・ダンのウォルター・ベッカーが 2017/9/3日(現地時間)に死去した。
死因などは発表されていないが今年で 67歳であった。
1950年2月20日にニューヨークのドイツ系の家庭に生まれる。
彼が大学に入学した時、もう1人のスティーリー・ダンの中心メンバーであり長きにわたる相棒となる
ドナルド・フェイゲン (Donald Fagen) と出会い、後にスティーリー・ダン(Steely Dan)を結成する。

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1972年発表のデビュー・アルバム 「キャント・バイ・ア・スリル」からシングル・カットされた
「ドゥ・イット・アゲイン」は全米6位の大ヒットを記録し彼らは幸運なスタートを切った。




その後、1977年のアルバム 「彩(エイジャ)」は、全米3位、200万枚を売り上げる大ヒットを記録する。




スティーリー・ダン(Steely Dan)は、バンドスタイルではあるが、事実上はドナルド・フェイゲンと
ウォルター・ベッカー のデュオである。
ロックやポップスを基調としながらもジャズ的な要素を加味した独特のコード進行で曲にひねりを加え、
録音の都度、一流のスタジオ・ミュージシャンを駆使して高度なアンサンブルを構築。
その独特な世界観は多くのアーティスにも多大な影響を与えた。

しかし、1980年発表のアルバム 「ガウチョ」を最後にスティーリー・ダンは活動を停止する。




「ガウチョ」も前作 「彩(エイジャ)」に匹敵する大ヒットを記録し高い評価を獲得したが、
フェイゲンの完璧主義は前作を超え演奏に寸分の狂いも許さなかった。
一方のベッカーは麻薬に溺れレコーディングどころではなくなっており、
スティーリー・ダンはこのアルバムを区切りに、長い休止期に入る。


1982年にドナルド・フェイゲンはソロ・アルバム 「ナイトフライ」を発表。
スティーリー・ダン時代のサウンドにさらに磨きをかけ、以前に劣らぬヒットと高い評価を獲得した。
3M製32トラックのデジタル・マルチトラックレコーダーを使用した音響面での高いクオリティも絶賛され、
PAエンジニアがサウンド・チェックする際の定番とも云える「音の良いアルバム」である。



一方のウォルター・ベッカーは麻薬中毒から脱するためにハワイに移住。
1985年にチャイナ・クライシスのプロデューサーとして音楽界に復帰した。
その後はフェイゲン、ベッカーともどもさほど目立った活動をすることはなかったが、
1993年にフェイゲンのソロ・アルバム 「KAMAKIRIAD」をベッカーがプロデュースしたことを
きっかけに二人での活動を再開する。
※著作権保護されている曲はスキップして下さい。



2000年、スティーリー・ダン名義としては20年ぶりとなるアルバム 「トゥー・アゲインスト・ネイチャー」を発表。
全米6位の大ヒットを記録し、同年のグラミー賞では最優秀アルバムをはじめ4部門を獲得。
スティーリー・ダンの名声が未だ衰えていないことを見せつけたのである。




最後にウォルター・ベッカーの2枚のソロ・アルバムをどうぞ。
 1994年 11の心象 11 Tracks Of Whack

 

 2008年 サーカス・マネー Circus Money

 

by Bluenotejoy | 2017-09-04 18:00 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
関東地方は連日の雨、雨、雨です。
秋雨にはまだ早いですよね。
でも戻り梅雨っていうのもねぇ。
やっぱ地球は泣いているんでしょうか。
懐かしい雨の曲を集めてみました。

悲しき雨音 - ザ・カスケーズ (1963)


雨 - ジリオラ・チンクエッティ (1969)


雨に濡れても - B.J.トーマス (1969)


雨をみたかい - CCR (1970)


雨の日と月曜日は - カーペンターズ (1971)


雨の御堂筋 - ザ・ベンチャーズ (1971)


レイン・レイン ポール・モーリア (1973)



雨に唄えば - ジーン・ケリー (1952)


シェルブールの雨傘 - サウンドトラック (1964)


雨の訪問者 - フランシス・レイ (1970)



そろそろ青空が恋しいですね。

いつも青空 - クリフ・リチャード (1964)


カリフォルニアの青い空 - アルバート・ハモンド (1972)


2017/08/16 NHK WEB NEWSより
 関東では7月下旬から、ぐずついた天気となる日が多くなっていて、
 このうち東京の都心では8月に入ってから16日連続で雨が降っています。
 これは、22日間連続で雨が降った40年前の昭和52年8月に次いで、
 2番目に長い記録となっています。
 この影響で日照時間も少なくなり、先月27日から15日までの日照時間は
 いずれも平年と比較して、宇都宮市で29%、東京の都心で42%、さいたま市で44%、
 千葉市で47%、前橋市で50%などと、平年の半分以下となっています。
 関東では、この先1週間程度も曇りや雨の日が多く日照時間が少ない状態が続く見込みで、
 気象庁は農作物の管理などに十分注意するよう呼びかけています。


by Bluenotejoy | 2017-08-16 17:00 | 音楽 | Trackback | Comments(0)